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第5話 インドの先生の元で暮らし始めました

3,4日もしたら、旦那の帰国日です。 わたしも、この後、半年間もホテルにいるわけにいかないので、そろそろ、どこかに住むところを探さなくてはいけません。ともかく、まずは、先生に相談をしてみました。 先生は、「うちのコックさん、知っているでしょ?彼女のうちに住めるか、聞いてみるわ」 とおっしゃいました。広いキッチンでいつも動いていらっしゃる年配の女性の方の事ですね。 「ありがとうございます」と私は言いました。 次のクラスで先生は言われました。 「コックさんには、断られてしまったの。ケイコはここに住むといいわ」 先生の元に住まわせていただけるなどと、思っても見ませんでした。生徒を住まわせることは、基本的になさらないとお聞きしたのですが、でも、わたしの事を思って自分の家に迎え入れてくださったのです。有り難いです

受け入れてくださった先生に失礼にあたらなければよいと思いながら、「あのぅ、どのくらいお支払いしたらよろしいですか?」と伺いました。後ですみません、お金が足りませんでは、申し訳なさすぎますし、やはりお財布事情もありますので。 先生は「要らないわ。あなたは、ここで暮らして、踊りを学びなさい。アカデミー(先生が教師をしていたクチプディ・アート・アカデミー)では、ベンパティマスターは、住み込みで踊りを習っている生徒から部屋代やご飯代といったものを、決して取らなかったの。わたしは、すべての点において、ベンパティマスターのなさった事をフォローするようにしているのよ」と言われました。 この間アカデミーに見学に行ったときに拝見したあの中庭のようなところを囲むようにずらっとあった扉。その中の1つの扉から、着古した白色のティシャツとドーティを巻かれた痩せた男の生徒さんが、バケツを持って出てこられたのをふっと思い出しました。 こうして、有り難くも、師匠のうちに住み込ませていただき、寝食を共にし、踊りを習うという日々がはじまりました。 私に与えられたのは、道に面したゲートを開けて、先生のアパートの一番表、道からも見える長方形の1部屋でした。お部屋の通りに向かっている面は全部がすりガラスの窓です。インドですので、窓を開けても防犯の柵があります。カーテンはありませんでした。長くて変わった形の部屋は、もしかしたら、本来は椅子一つおいて窓を開けてダラーっとするとか、何かをおくとか、そんな用途で使われる場所なのでしょうか?細長い部屋の天井にはファンをつけられるスペースはありませんでした。たぶん暑くなると想像しますが、光がバンバンはいる部屋で空気も入れ替えられるので、気分は良さそうです。ここの床にゴザを敷いて生活するのです。 その部屋から他の部屋に通じる唯一の扉は完全に閉まることがなく、扉の上のへりから目隠しのピンク色の布がたらされていました。わたしはそこから、クラスに向かったり、ご飯を食べに行ったりします。インド式のトイレやお風呂場は、家の一番向こうにありました。

ダンスクラスには、毎日途切れなく生徒さんが訪れていました。 先生はほとんど一日中クラスの床に座られて、クラスをコンダクトしていらっしゃいます。 私のアダウと格闘する毎日は、相変わらずです。 今まで習ったアダウも、日を追うごとにその数は増していきます。70種類弱あるアダウの練習はまだまだ続きそうです。少し慣れてきたはものの、毎日、まずは今まで習ったところまで復習しますと、ぜいっぜいっ、と息が荒くなります。 そんな私を、先生はいったん自分の隣に座らせて、他の生徒のクラスを取られたりすることがあります。 見て学びなさいという事なのでしょうか? それとも、私のスタミナの状態を鑑みてのことでしょうか?たぶんそのどちらもだったと思います。 知らないボル、知らない動き、知らない音楽。先生のタタカリの音と共に心地よく響くパシッというステップの音に心が躍ります。他の方のクラスは、わたしにとっては、宝の山です。目から耳からどんどんクチプディの情報が収集されていきます。 わたしの場合、とにかくまずは、一旦情報を集めて、頭の中の自分に踊ってもらいます。 頭の中の自分が踊れなければ、もちろん実際のわたしも踊ることはできません。あの日、わたしが感動したあのような踊りを踊れるようになる為に、クチプディのなるべく多くの生きたエッセンスを肌で感じたい、そう思いました。 クラスに来られる生徒さんは、皆さん同じグルの元で、同じ踊りをされているのに、一人一人、別の素敵なところが光って見えます。 目の運び、アッタミと呼ばれるネックムーブメント、首のかしげかた、表情、しなるように動く腕、足を引き上げるタイミング、美しく動くトルソー、空中で踊っている時間、動作から動作につながる間の空気感。 わたしの頭の中の静止画の連続の様になっていた踊りが、少しづつ動き始めたように感じました。



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